IRRだけでBESS投資を判断してはいけない理由——4軸で試算したら、数字が変わった
開発会社が提示する「IRR○%」の正体
「このBESS案件のIRRは12%です」という資料を受け取ったとき、あなたはどのくらいの情報を持っているだろうか。
IRR(内部収益率)は投資判断の入り口として便利な数字だ。単一の数字で「この投資は良い/悪い」の判断ができるように見える。しかし実際には、IRRという数字の中に何が含まれていて、何が含まれていないかを知らなければ、その数字は半分しか語っていない。
BSRIが過去に見てきた複数の開発会社の提案書を分析した結果、以下の前提が「楽観的」または「古いまま」であるケースが目立った。
| 計算前提 | 提案書でよくある設定 | 2026年の現実 |
|---|---|---|
| 需給調整市場単価 | 19.51円/ΔkW・30分 | 15円(2026年3月引下げ済み) |
| BESS1台あたりの需給調整市場での受注機会 | 旧制度水準 | 旧制度の約1/5〜1/2に縮小 |
| SII補助率 | 1/2 | 1/3(R7補正から変更) |
| BESS廃棄コスト | 計上なし | 推計40〜80万円(200kWh) |
| 電池劣化後収益 | 一定または未記載 | 10〜11年目以降に容量15%低下 |
このうち需給調整市場単価の前提だけで、年間収益が10〜15万円の過大計上になるケースがある。20年間では最大200〜300万円の誤差だ。
そして容量市場の単価はもっと激しく動いている。第1回オークション(2024年度対象)では14,137円/kW・年で落札されたが、第2回(2025年度対象)では3,495〜5,242円/kWまで急落した。▲75%の下落だ。その後、2028年度対象の第5回では東北エリアで14,812〜15,111円/kWまで急騰し、過去最高を更新した。5回のオークションで最大4倍の差がある市場のIRRを、1時点の単価で計算しても意味がない。[1]
こう書くと「では計算できないのか」という疑問が生まれる。違う。計算はできる。ただし計算の「軸」を一つ増やす必要がある。BSRIが提案するのは財務・環境・社会・制度の4軸評価だ。
軸①財務:「20年のキャッシュフロー」で見ると何が変わるか
IRRの問題点の一つは、「単一利回り」への圧縮によって時間の構造が消えることだ。前半5年で高い収益があっても、後半15年が低くても、同じIRRになりえる。NPV(正味現在価値)と組み合わせて使わないと、資本効率を正しく見られない。
BSRIがモデル案件(低圧49.9kW/200kWh・東北エリア・SII補助利用)を20年の時間軸でシミュレーションすると、従来のIRR計算との差が3つの場面で現れる。
第一の差:廃棄コストの未計上
産業用200kWhのBESSを20年後に撤去・廃棄する費用は、現在の業界推計で40〜80万円になる。[3] リチウムイオン電池は「特別管理廃棄物」に該当し、資格を持つ業者が処理する必要があるためコストが高い。このコストを最終年度のキャッシュフローに計上するだけで、NPVが数十万円変わる。BSRIが確認した限り、この費用を明示的にIRR計算に含めている提案書は少ない。
第二の差:電池劣化後の収益低下
蓄電池容量は一般に10〜11年目以降に15%程度低下する。容量市場では「期待容量」が契約の基礎になるため、劣化後は約定容量が下がり収益が減る。20年モデルで前半と後半を同一収益として計算すると、後半を過大評価することになる。
第三の差:再投資利回りの仮定
IRRという指標には「途中で得た収益を同じIRRで再投資できる」という暗黙の仮定が内在する。実際には再投資先が見つからない期間のキャッシュは低利回りで滞留する。この乖離を是正するMIRR(修正内部収益率)でも計算すると、一般にIRRより1〜3%低い数字が出る。
これらを修正した「財務4軸補正IRR」は、提案書より低くなることが多い。それは悪いニュースではなく、正確なニュースだ。
軸②環境:CO2削減価値は年間7〜9万円——ただし今は使えない
BESSには財務的な収益以外に、CO2削減という環境価値がある。これを定量化した記事は少ない。BSRIが試算した。
東京電力エナジーパートナーの調整後排出係数は0.465 kg-CO2/kWhだ(2024年度実績)。[5]200kWhのBESSが年間200サイクル稼働した場合、年間放電量は40,000 kWh。CO2削減量は以下になる。
年間CO2削減量 = 40,000 kWh × 0.408 kg-CO2/kWh
= 16,320 kg-CO2/年
≈ 18.6 t-CO2/年
J-クレジット(再エネ由来)の市場価格は2025年6月時点で5,600円/t-CO2を超えている。[5]GX-ETS(2026年度)の上限は4,300円/t-CO2だ。[5]換算すると年間7〜9万円の環境価値に相当する。20年累計では140〜180万円になる。
この価値は現時点では「見えないキャッシュフロー」として扱われることが多い。しかし、扱い方を変えれば「将来の収益スイッチ」になる。
年間18.6 t-CO2の削減量が、Jクレジットとして登録・販売できる日が来れば、毎年7〜9万円が追加収益になる。20年間では累計140〜180万円。これはIRR計算の外にある「隠れた上方余地」だ。
現時点(2026年6月)では、系統用BESSはJクレジット方法論の直接対象ではない。発電行為を前提とする現行方法論にBESSが含まれないためだ。しかし環境省・経産省の審議会では「蓄電池経由CO2削減量の算定」に向けた議論が進んでいる[N]。Jクレジット空白の解消は、制度論として既に動き始めている。
BTM型(需要家施設設置・太陽光連携)については、Jクレジット算定への道筋が先行している事例もある。系統用とBTMを組み合わせるハイブリッド設計は、この商機を最も早く手にできる可能性がある。
今すぐできること:CO2削減量の計測・記録体制を今から整えておくことだ。制度が整備されたとき、即座に申請できる準備が整っている投資家が先行優位を持つ。これは「いつかオンになる収益スイッチ」を今から仕込んでおく行為だ。
もう一つの「隠れコスト」として廃棄問題を挙げておく。太陽光パネルの大量廃棄は2034〜2036年がピークとなり、年間17〜28万トン(最大80万トンの試算もある)が出る見込みだ。2026年4月には「太陽電池廃棄物の再資源化等の推進に関する法律案」が閣議決定された。BESS投資も同様のライフサイクル視点が不可欠だ。
軸③社会:「社会ライセンス」の失敗でIRRが最大▲10%動く
社会的ライセンス(Social License to Operate:SLO)とは、地域コミュニティや社会から事業運営への暗黙的な承認を得ること、あるいはその喪失を指す概念だ。
太陽光発電をめぐるトラブルを抱える自治体が全国各地で報告されており[9]、太陽光発電に関する規制条例は336条例を超えている(2025年12月時点)。[6]2024年には四万十川流域のメガソーラー訴訟で高知地裁が事業者の訴えを棄却した。
これはBESS投資に無関係ではない。系統用BESSの設置も「大規模施設の立地」であり、地域住民との関係が必要になる。BSRIが試算したSLO感度分析を示す。
| シナリオ | 財務インパクト | IRH影響 |
|---|---|---|
| 工事延期(6ヶ月) | 金利コスト増・収益遅延 | ▲1〜2% |
| 住民訴訟・差止(1〜2年) | 融資コスト継続・収益ゼロ期間 | ▲5〜10% |
| 行政指導による設計変更 | 追加工事費500万〜数千万円 | CAPEX増加でIRR悪化 |
| 事業中止 | 先行費用(調査・設計・土地)の全損 | 先行投資の回収不能 |
SLOリスクは「0か全損か」という二峰性を持つ。多くの案件では発生しないが、発生した場合の影響は甚大だ。通常のIRR計算にはこの感度分析が存在しない。
一方、「地域共生型」として設計した場合はリスクが逆転する。防災拠点や病院・学校への設置は住民からの反対が少なく、行政の補助金加算もされやすい。立地の判断はIRR計算の前に行う意思決定だ。これをIRRの外に置いている限り、計算の精度がいくら高くても意思決定は不完全だ。
社会的価値の「正の側面」——地域防災バッテリーとしてのBESS
SLOは失敗した時の「下方リスク」だけではない。正しく設計すれば、BESSは地域から能動的に支持される「地域防災インフラ」になれる。
能登半島地震(2024年1月)では、長期停電が続く中でEV車両からの電力供給が命綱になった事例が複数報告された。BSRIは能登視察と陸前高田での復興支援経験を通じて確認している——停電時に地域へ電力を供給できる蓄電設備の有無が、コミュニティのレジリエンスを文字通り決定づける。
2030年代にEV充電拠点が全国に普及すれば、BESSを中心とした「地域エネルギー拠点」の設計が現実になる。平時は系統への調整力として収益を上げ、非常時は系統外でオフグリッドの電力をコミュニティに供給する。V2G(Vehicle to Grid)との連携が進めば、停車中のEVを含めた分散型電力網が地域の系統外供給能力を大幅に高める。
この二重の役割は純粋なIRR計算には現れない。しかし自治体・地域住民・行政との関係を「収益の障壁」から「収益の基盤」に変える力がある。社会ライセンスを「不確実な費用」として計上するのではなく、「地域共生設計による受入れコストの消滅」として投資効率に組み込む視点だ。
地域防災バッテリーとして位置づけられたBESSは、住民の反対運動が起きにくいだけでなく、議会も通りやすく、補助金の加点要件にもなる。この設計思想を持つ投資家は、SLO感度分析の「最悪シナリオ」を最初から除外できる。
軸④制度:「制度は変わらない」という前提が最大のリスクだ
BESS投資の収益は、法令・制度・市場ルールに強く依存する。過去の変化を見れば、この依存がいかに危ういかがわかる。
容量市場の単価は第1回と第2回の間で▲75%下落した。[1] 需給調整市場の三次調整力②は2025〜2026年にかけて195円から36円/ΔkWまで急落し、モデルから除外せざるをえない商品になった。[2]SII補助率は業務産業用DR補助金において1/2から1/3に変更された(BSRIが2026年6月にSIIへ直接確認済み)。[4]
そして2027年4月・10月には、JC-STAR★1の義務化が迫っている。高圧受電での新規連系は2027年4月から、低圧50kW未満は2027年10月からJC-STAR★1取得製品が必須要件となる。この制度を知らずに非適合機器で投資計画を立てると、完工後に系統接続できない「ストランデッドアセット」になりかねない。
さらに遠い目線では、2032〜2036年に29GW・47万件の産業用太陽光がFIT失効を迎える。[1]原発7.3基分に相当するこのエネルギーがどこへ向かうかは、BESS市場に直接影響する。系統に与える影響・新たな補助金設計・電力価格への波及——これらは2026年時点のIRR計算には入っていない。
「制度耐性」とは、これらの変化が起きた時に投資が生き残れるかどうかを評価する視点だ。強いシナリオでも弱いシナリオでも黒字になるか。弱いシナリオでどこまで耐えられるか。
4軸で試算し直すと何が変わるか——BSRIの比較モデル
以上を踏まえ、同一案件を「従来評価」と「4軸評価」で比較した。
モデル案件:低圧49.9kW / 200kWh / 東北エリア / SII補助利用
| 評価項目 | 従来評価(IRR単体) | 4軸評価(BSRI方式) |
|---|---|---|
| 財務 | IRR: 試算値通り | 廃棄コスト・劣化・MIRR補正後:▲1〜2% |
| 環境 | 計上なし | CO2削減価値: 年間7〜9万円(現在はオフバランス、将来はオン) |
| 社会 | 計上なし | SLO感度分析:適切な立地なら影響ゼロ / 不適切なら▲5〜10% |
| 制度 | 現時点の単価・制度で固定 | 単価変動シナリオ分析 + JC-STAR適合確認 |
| 総合判定 | IRR○% のみ | 強シナリオ / 中シナリオ / 弱シナリオの3通り |
4軸評価の結論は「この案件はやめろ」とは限らない。むしろ「この案件はどのシナリオでも耐えられる」という確信を持って投資できる状態を作ることが目的だ。IRRより少し低い中シナリオが黒字で、弱シナリオで辛うじて回収できるなら、投資する価値がある。
逆に、強シナリオのみでIRRが成立し、中シナリオでは回収できない案件は「IRR○%」と書いてあっても投資に適さない。
論算スコア:意思決定のフォーマット
BSRIが顧問クライアントに使う評価フレームワーク「論算スコア(Ronzan Score)」のチェック項目を示す。論語(倫理)と算盤(財務)の統合——渋沢栄一「道徳経済合一」の現代的再解釈だ。
| 軸 | 確認項目 | 評価 |
|---|---|---|
| ①財務 | 廃棄コストを計上しているか | ○/△/× |
| ①財務 | 市場単価は複数シナリオで計算しているか | ○/△/× |
| ①財務 | 電池劣化後の収益低下を反映しているか | ○/△/× |
| ①財務 | NPV・MIRRでも確認しているか | ○/△/× |
| ②環境 | CO2削減量を定量計算しているか | ○/△/× |
| ②環境 | 廃棄・リサイクルコストを把握しているか | ○/△/× |
| ③社会 | 立地の地域合意形成を確認しているか | ○/△/× |
| ③社会 | SLO失敗シナリオを想定したか | ○/△/× |
| ④制度 | JC-STAR★1適合機器を選定しているか | ○/△/× |
| ④制度 | 補助率・市場単価の制度変化シナリオを持っているか | ○/△/× |
論算スコアで全項目が△以上の案件は、IRRが多少低くても「良い投資」だ。全項目が○の案件は稀だが、それに近づけることが意思決定の精度を上げる。スコアの数値化・配点の整備は今後公開する予定だ。
BSRIが最後に問う問い
蓄電池投資は10年・20年の長期コミットメントだ。制度は変わる。市場は動く。地域の目は変化する。環境規制は強まる。
「IRR○%だから投資する」という判断は、スタートラインに過ぎない。その数字が何を含んでいて、何を含んでいないかを知った上で投資する人と、数字だけを信じて投資する人では、10年後の結果が違う。
BSRIが問うのはこれだ。
その問いに答える投資をすべきだ、と考えている方と共に働きたい。
「この投資を、10年後にどう説明するか。数字だけでなく、理由を持って答えられるか。」
参考文献・出典
- OCCTO 容量市場オークション結果(2024〜2029年度): https://www.occto.or.jp/market-board/market/oshirase/
- 資源エネルギー庁 需給調整市場取引結果・制度説明: https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/...(検索会WG)
- 環境省「地球温暖化対策事業効果算定ガイドブック(蓄電池用)」令和8年3月改訂: https://www.env.go.jp/earth/ondanka/biz_local/gbhojo.html
- SII 業務産業用蓄電池DR補助金(R7補正)公募要領: https://sii.or.jp/DRchikudenchi_gyousan07r/uploads/gyousan07r_kouboyouryou.pdf
- 東京電力エナジーパートナー 調整後排出係数(2024年度実績): https://www.tepco.co.jp/about/esg/library/data/pdf/e_data_2025.pdf
- J-クレジット価格動向: https://japancredit.go.jp/
- 地方自治研究機構 再生可能エネルギー条例データベース(2025年12月): https://www.rilg.or.jp/htdocs/img/reiki/005_solar.htm
- 電気新聞「Jクレジット制度のCO2削減量、蓄電池経由分を算定へ」(2020年報道): https://www.denkishimbun.com/sp/31134
- 総務省「地方公共団体における太陽光発電設備に係るトラブル等の実態調査」: https://www.soumu.go.jp/main_content/000937207.pdf
- BSRIによるSII担当者への直接問い合わせ回答(2026年6月2日):高圧受電条件・補助率1/3を確認(一次情報)