先月、取引先から1通のメールが届いた。「2030年までに当社サプライヤーの脱炭素対応率を80%にする目標を掲げています。貴社の取り組み状況をお聞かせください」——こういった連絡が、中小の製造業に届き始めている。

発信元はデンソー1アイシン2住友電工3——Tier1大手だ。Tier1は自動車メーカーと直接取引する一次サプライヤー、Tier2・Tier3はその先に連なる二次・三次サプライヤーを指す。Tier2・Tier3のサプライヤーにとっては、対応を迫られる直接の圧力になる。
「何から手をつければいいか」「どう答えればいいか」——具体的な5ステップで解説する。

なぜ今、突然要請が来るのか

背景にあるのは、大手メーカー各社が公表している「Scope3削減目標」だ。

Scope3とは、自社のサプライチェーン全体から発生するCO₂排出量のこと。原材料・部品の製造段階で発生する排出量(カテゴリ1)はサプライヤー側の活動によるものであるため、メーカーがScope3を削減しようとすると、必然的にサプライヤーに削減を求めることになる。

2024〜2025年にかけて、主要Tier1企業が相次いでサプライヤー調査票の送付や説明会の開催に動き出した。これは単なる「社会的責任のPR」ではなく、欧州のCBAM(炭素国境調整メカニズム)対応や投資家へのESG開示が直接の動機になっている。Tier1企業にとっても「やらなければならない」話になっているのだ。


ステップ1:まず「聞かれていること」を正確に把握する

STEP 1
要請の種類を見極める

最初にやるべきことは、要請の内容を正確に読み解くことだ。要請の種類によって、求められる対応レベルが大きく異なる。

要請の種類対応レベル
サプライヤー調査票への回答電力使用量・CO₂排出量の数字を埋めるだけ
削減計画書の提出「何を・いつまでに・どれだけ削減するか」のロードマップ
CFP(カーボンフットプリント)の算出製品1個あたりのCO₂排出量を計算・提示
再エネ電力の証明非化石証書・グリーン電力証書の取得・提示

まず調査票の内容を確認し、「数字を出せばいいのか」「計画書まで必要なのか」を見極めることが最初の一手だ。

ステップ2:電力使用量のデータを引き出す

STEP 2
電力データを集める(10分でできる)

調査票でも削減計画でも、出発点は電力使用量の実績データだ。電力会社からの請求書、または電気メーターの記録を使い、過去12ヶ月の月次電力使用量(kWh)を集める。これが手元にあれば、CO₂排出量の計算は10分でできる。

CO₂排出量の計算式(Scope2)
電力使用量(kWh)× 電力会社の排出係数(kg-CO₂/kWh)= CO₂排出量(kg)

排出係数は電力会社・プランによって異なる。たとえば東北電力(2024年度・令和6年度実績)の排出係数は 0.400 kg-CO₂/kWh4だ。月100,000kWhを使う工場なら、年間約480tのCO₂を排出していることになる。この数字が、取引先へ報告する「出発点の排出量」になる。

💡 CO₂排出量の計算手順を詳しく知りたい方は、「取引先から調査票が届いたら最初にやること|自社CO₂排出量の算出と回答方法」をあわせて読んでほしい。Scope1(燃料)・Scope2(電力)の計算をステップで解説している。

電力・燃料の月次使用量を入力するだけでCO2排出量が自動計算される。Tier1から届いた調査票の「CO2排出量」欄を埋める最短経路。全国の商工会議所窓口でも使い方の相談が可能。

Scope1〜3の算定方法・ガイドラインを一元提供する環境省の公式サイト。「うちはScope3に含まれるのか」「何を算定すればいいか」という疑問への答えが環境省公式のガイドラインで確認できる。

三井物産グループ・日商推奨 e-dash(CO2排出量 可視化サービス)

電気・ガス・燃料の請求書をアップロードするだけでCO2排出量を自動算定(有償)。日本商工会議所推奨ツールの一つで、算定の継続・記録管理まで対応できる。取引先への定期報告にも使いやすい。一度だけの算定なら無料の商工会議所チェックシートで十分。

環境省(2025年3月版) 1次データ活用ガイド(PDF)

取引先から「製品単位のカーボンフットプリント(CFP)を提出してほしい」と言われた場合に参照する、より詳細な算定ガイド。対応を迫られる前に概要だけでも把握しておきたい。

ステップ3:削減できる「打ち手」を選ぶ

STEP 3
優先度順に削減手段を選ぶ

数字が把握できたら、削減手段を検討する。現実的な選択肢を優先度順に整理する。

打ち手① 最優先

太陽光PPA(即効性・初期費用ゼロ)

工場の屋根や駐車場にPPA(Power Purchase Agreement:電力購入契約)事業者が無償で太陽光パネルを設置し、発電した電力を自家消費する。初期費用ゼロで再エネ比率を高められる。Scope2削減効果が最もダイレクトで、取引先への説明もシンプルだ。ただし賃貸工場で屋根の改修権限がない場合は導入が難しい。条件の詳細は「工場の電気代を補助金ゼロで下げる|太陽光+自家消費BESS」で解説している。

打ち手② 組み合わせ

自家消費型BESS(太陽光との組み合わせ)

太陽光の余剰電力を蓄電池に貯めて夜間に使う構成。自家消費率を高めることで、電力会社から買う電力量(=CO₂排出源)をさらに減らす。業務産業用蓄電システム導入支援事業(令和7年度補正)でCAPEXの1/3以内を補助できる。ただし交付要件として蓄電池アグリゲーターとのDR(デマンドレスポンス)契約または小売電気事業者のDRメニューへの加入5が必須で、自家消費のみの導入は対象外になる。対象は高圧受電(契約電力50kW以上)の施設のみで、低圧受電の工場は申請前にSIIへ確認が必要だ。

打ち手③ 当座の対応

非化石証書・グリーン電力証書の購入

設備投資なしで再エネ由来の電力を「購入したことにできる」仕組み。即効性は高いが、非化石証書は0.3円/kWh程度、グリーン電力証書は1〜3円/kWh程度のコストが発生し、設備面での脱炭素取り組みとは評価が異なる。当座の対応策として活用し、中期的に設備投資に移行する使い方が現実的だ。

ステップ4:取引先への回答を組み立てる

STEP 4
「取り組んでいる」姿勢を正直に伝える

削減計画がまだ固まっていなくても、「取り組んでいること」を示すだけで評価は変わる。重要なのは「できる範囲で誠実に答える」ことだ。「対応中です」「検討中です」でも、無回答よりはるかに印象が違う。

回答の構成例:

▼ 回答テンプレート

1. 現在の排出量(年○○t-CO₂)
2. 削減目標(2030年までに○○%削減)
3. 実施する施策(太陽光PPA導入、蓄電池検討中、非化石証書購入 など)
4. 実施スケジュール(○年○月に着手予定)

逆に、実態のない過大な数字を出すことはリスクになる。「現状0%」「まだ検討段階」であっても、正直に書いたうえで今後のアクションを添えることが信頼につながる。

ステップ5:補助金の申請タイミングを逃さない

STEP 5
設備投資を進めるなら補助金を活用する

打ち手②のように設備投資を伴う対応を選んだ場合は、国の補助金が使える。申請タイミングが決まっているため、早めに動くことが重要だ。

補助金内容2026年度締切
業務産業用蓄電システム導入支援事業(令和7年度補正)蓄電池CAPEXの1/3以内を補助2026年10月30日
中小企業経営強化税制対象設備の10%税額控除(資本金3,000万円超の法人は7%)または即時償却随時(税申告時)
⚠️ SII補助金は予算消化次第で早期終了する。「10月が締切と思っていたら7月に予算切れ」というケースがある。動くなら早いほど選択肢が広がる。申請にはアグリゲーター選定・交渉(1〜2ヶ月)→DR参加設計・設備見積もり(1〜2ヶ月)→申請書作成(1ヶ月)と、最低4〜5ヶ月のリードタイムがかかるため、今から準備を始めることが最短経路だ。

アグリゲーター:蓄電池の稼働を電力会社や市場からの指令に応じて調整する(DRに対応する)専門事業者。SII補助金は蓄電池アグリゲーターとのDR契約またはDRメニュー加入が交付要件のため、申請には契約が必須になる。個別施設での申請は規模・設計によって可否が変わるため、補助金申請の実績がある専門家への確認が前提になる。


まとめ

Tier1からの脱炭素要請は、対応を急かされるほど選択肢が狭まる。特にSII補助金は2026年10月30日の締切前に予算切れで早期終了するリスクがあるため、早く動くほど補助金が使いやすく、取引先への印象も良くなり、コスト削減の恩恵も長く受けられる。

5ステップのまとめ

  1. STEP 1 要請の種類を正確に読む(調査票 / 計画書 / CFP / 証書)
  2. STEP 2 電力使用量データを12ヶ月分集め、CO₂排出量を計算する
  3. STEP 3 打ち手を優先順位で選ぶ(PPA → BESS → 証書)
  4. STEP 4 できる範囲で誠実に回答する(「対応中です」一言でも無回答より印象が大きく違う)
  5. STEP 5 補助金申請のタイミングを逃さない(SII締切10月30日)

「何から始めればいいかわからない」という方は、まず電力使用量のデータを引っ張り出すところから始めてほしい。それができれば、あとは専門家が試算と計画立案を手伝える。

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